B細胞シグナル研究


アルギニンのメチル化とB細胞の抗体産生

アルギニン残基のメチル化は、アルギニンメチル基転移酵素によって触媒される翻訳後修飾の1つであり、シグナル伝達、転写制御、DNA修復など、幅広い細胞の機能制御に働いています。免疫細胞におけるその役割と機序は、まだあまり解明されていませんが、近年メチル化阻害剤によるマウス自己免疫疾患モデルの症状改善例やT細胞活性化によるGDP/GTP交換因子Vav1のアルギニンメチル化などが報告され始めました。わたしたちは、B細胞特異的な、アルギニンメチル基転移酵素PRMT1コンディショナルマウスを作製し、B細胞の抗体産生におけるアルギニンメチル化の役割を調べています。

 

アルギニンメチル化は、リン酸化やユビキチン化と同じ翻訳後タンパク質修飾の1つです。この修飾はタンパク質アルギニンメチル基転移酵素( protein arginine methyltransferase : PRMT)によって触媒される反応であり、a)シグナル伝達、b)mRNAスプライシング、c)転写制御、d)DNA修復、e)タンパク質の核内移行、など多岐に渡る細胞機能を制御していると考えられています。タンパク質アルギニンメチル基転移酵素は、酵母からヒトまで高度に保存されたタンパク質分子ですが、ヒトとマウスでは9つのPRMTアイソザイムが同定されており、中でもPRMT1は細胞内アルギニンメチル化反応の90%を担う非常に重要なアイソザイムです。またPRMT1を含む他のPRMTの遺伝子欠損(KO)マウスの多くは胎生致死であり、PRMTは個体発生にも必須の分子と考えられています。アルギニンメチル化の現象そのものは、既に古くから知られていましたが、PRMTの同定やメチル化検出解析技術の進歩により、近年その研究の進展は目覚ましいものがあります。

英国のOreste Acutoらの研究によって、アルギニンメチル化が免疫細胞でも重要な機能を有していることが分かって来ました(Blanchet F, J Exp Med, 2005)。T細胞は獲得免疫において中心的役割を果たす司令塔ですが、Acutoらは、T細胞受容体(TCR)での刺激に加え、正の補助刺激受容体CD28の刺激が加わると、GDP/GTP交換因子(GEF)であるVav1のアルギニンメチル化が起こり、その結果T細胞の増殖亢進とIL-2産生が増大することを明らかにしました。また、Vav1のアルギニンメチル化は核内移行したVav1で認められており、これまで低分子GタンパクCdc42Rac1GEFとしてTCR下流で働くVav1とは機能的にも細胞内分子局在も全く異なるものであるようです。一方、わたしたちはこれまで、B細胞選択的PRMT1欠損マウスを樹立し、PRMT1およびアルギニンメチル化のB細胞機能における役割を、主にマウス個体とその抗体産生について研究を進めてきました(Hata, K, FEBS Lett. 2016 Apr;590(8):1200-10. doi: 10.1002/1873/3468.12161.)。その結果、aPRMT1B細胞の発生分化に寄与していること、bPRMT1T細胞非依存性IgM抗体産生に重要であることが分かりました。しかし、前述のようにアルギニンメチル化の多様な生物学的活性ゆえ、PRMT1B細胞の細胞内のどこで(核内か細胞質か細胞膜か)、どの分子をメチル化し、どんな変化を及ぼしているのか、PRMT1B細胞での生物学的機能のメカニズムは殆ど解明できていません。

 

アルギニンメチル化と疾患との関連性という観点からは、これまでに、ヒトの関節リウマチや多発性関節炎の疾患モデルであるマウスII型コラーゲン誘導関節炎モデル(CIA)で報告されています。このモデルにおいて、メチル化阻害剤が関節炎の症状を抑制する機序として、①抗II型コラーゲン抗体の産生抑制、②II型コラーゲン反応性T細胞の増殖抑制、③骨破壊の抑制、があげられます。また、多発性硬化症の動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)においても、メチル化阻害剤の投与によりEAEの症状が抑えられることが報告されているおり、免疫細胞のPRMT1をターゲットとしたアルギニンメチル化の阻害は今後の分子標的治療の候補としても有望です。

 

一般的にメチル化転移は、DNAではCpGのシトシンに、タンパク質ではアルギニン残基とリジン残基に起こりますが、現在エピゲノム薬としてがん治療の分野で期待されているメチル化阻害剤も、果たしてDNAのメチル化に作用が限定しているのか、タンパク質なのか、その詳細は解かっていません。PRMT1コンディショナルKOを用い、機序をPRMT1に帰結することができれば、漠然としたメチル化の阻害以外にも、自己免疫疾患の治療に対するメチル化阻害の安全かつ効果的な応用や、PRMT1を標的とした分子標的治療薬開発への分子基盤に繋がると考えています。

また、当研究室の得意とする最新のイメージング技術を用いれば、RPMT1およびVav1の細胞内局在を解析することで、シグナルソームというこれまでの生化学的解析では検討し難かった見地から、RPMT1のアルギニンメチル化の標的発見や新たな分子機構の解明に繋がると考えています。